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10・仲秋の月と異季の月、朧夜 |
秋季以外の月句の出し方について、名月は仲秋だということは分かりますが、「いざよふ月」などは秋以外には使えないのでしょうか。また、「おぼろ夜」だけで月の句として使えるかどうかお教えください。
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江戸時代の「改正月令博物答」という本には兼三秋として「十六夜月、これは四季ともに十六日の月をいへども、歌には秋の十六日とす」とあります。「いぎよふ」は「ためらふ」・「やすらふ」の意で、前夜の名月(十五夜)は、日没とともに上がるのですが、十六夜になると、三十分ばかり遅れて、ためらうように上がるので、こう云うのです。
もちろん、一年中、十六日の夜は満月の時から遅れて上りますので、春・夏・冬ともに十六夜の月はあるのですが、上る月を今か今かと待つのは秋、それも仲秋にかぎります。だから、春の十六夜、夏の十六夜、冬の十六夜も現実にはあるに違いありませんが、それは偶然発見したものであり、今か今かと待たれて上る十六夜の月は秋、それも仲秋にかぎるのです。
日本人ほど月に愛着を感じ、月とともに暮らした民族も少いのではないでしょうか。日本人は、春の花に対して、秋になると月を懐い、いつ、あの仲秋の名月に逢えるか、それを心に描いて来ました。だから、待宵・名月・十六夜・立待・居待月・臥待月・更待月という特殊な月の名前が生まれましたが、これはすべて仲秋にかぎります。だからいざよいも、初秋・晩秋の月までならば用いる事は出来ましょうが、春・夏・冬の月に対しては用いないのが原則です。
朧は春の夜の万物がもうろうと霞んだように見えるさまを言うので、要するに湿気が多くて、ぼんやり霞んでいる現象をいうわけです。朧だけでは月の句にはなりません。だから、春の月を出すためには必ず「月朧」あるいは「朧月」と、月の字を入れることが必要です。
ただ、たとえば「広辞苑」などでは「朧夜」の解として、@おぼろ月の夜、A曇った鏡の形容としてあります。小学館の「日本国語大辞典」を見ても「おぼろ夜、おぼろづきよに同じ」となっており、おぼろ夜と、おぼろ月夜の区別が全くついておりません。
七部集の用例を見ますと、月の定座に用いられた春の月は、次の例で分るように、
1・あらの 月のおぼろや飛鳥井の君 冬文
2・炭俵 雪の跡吹はがしたる朧月 孤屋
3・猿蓑 さし木つきたる月の朧夜 凡兆
4・ひさご 花はあかいよ月は朧夜 路通
5・冬の日 わが月出よ身はおぼろなる 杜国
必ず、月の字が朧に加わっております。
朧だけを用いた例としては、
6・続猿蓑 それぞれの朧のなりやむめ柳 千那
7・あらの 朧夜やながくて白き藤の花 兼正
8・続猿蓑 朧夜を白酒売の名残かな 支考
9・冬の日 のり物に簾透顔おぼろなる 重五
この6・7・8は発句、9は平句ですが、月の定座ではありません。
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●「猫蓑通信」第10号 平成5(1993)年1月15日刊 より |
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